前回は、勝手に揃うことはゴールではなく、前提条件ではないか、という話を書きました。
形を整える。
型に嵌まる。
身体の条件が合って、勝手に揃う。
そこまで行けば終わり、というわけではない。
むしろ、勝手に揃うことは、威力が出るための前提であり、自在に技が出るための前提であり、相手に働くための前提なのではないか。
前回は、そこまでを書きました。
今回は、その手前の段階について書いてみます。
形を覚える。
直される。
癖に気づく。
筋肉で作る限界に気づく。
身体の条件を探る。
少しずつ、外から整える稽古から、身体の条件が合って揃う稽古へ移っていく。
この段階は、ロールプレイングゲームに例えるなら、クエスト探索系に近い気がしています。
ただし、これは低い段階という意味ではありません。
むしろ、必要な段階です。
この段階を飛ばして、いきなりオープンワールドには入れない。
今の自分には、そう見えています。
最初は、決められたルートがある
形から型へ移る段階では、最初に決められたルートがあります。
手はここ。
足はここ。
胸はこう。
あごはこう。
目線はここ。
指先はこう。
まずは、それを覚える。
型の順番を覚える。
立ち方を覚える。
方向を覚える。
動きの順序を覚える。
どこで受けて、どこで突いて、どこで向きを変えるのかを覚える。
最初は、自由ではありません。
むしろ、かなり決められています。
この手順で動く。
この方向を向く。
この立ち方になる。
この形を取る。
それを一つずつ身体に入れていく。
この段階は、ゲームで言えば、決められたクエストを進めているようなものに近い気がします。
まず、この場所へ行く。
次に、この課題をこなす。
ここで修正される。
また戻ってやり直す。
そういう段階です。
形を覚えることは、地図を受け取ることに近い
形を覚えることは、地図を受け取ることに近い気がしています。
最初から地図がなければ、どこへ向かえばいいのか分かりません。
自分の感覚だけで動けば、たぶん自分の癖に流れます。
だから、まず形を教わる。
外から見える基準をもらう。
それは、自分の身体にとっての地図のようなものです。
この手は、ここへ来る。
この足は、ここへ出る。
この姿勢は、こうなる。
この目線は、ここへ向く。
そういう基準があるから、自分がどこにいるのかが少し分かる。
ズレているのか。
近づいているのか。
崩れているのか。
余計なことをしているのか。
それを確認するためにも、形は必要です。
形を覚える段階は、型稽古の地図を手に入れる段階なのだと思います。
直されることで、自分の癖に気づく
形を覚える段階では、何度も直されます。
足の位置が違う。
手の高さが違う。
胸が落ちている。
あごが出ている。
肩に力が入っている。
目線が違う。
指先が甘い。
こういう修正を受けます。
最初は、ただ形を直されているように感じます。
でも、何度も直されていると、自分の癖が少し見えてきます。
いつも同じところで足がずれる。
いつも肩に力が入る。
いつも首であごを引こうとする。
いつも胸を張ろうとして腰が反る。
いつも手先だけで合わせようとする。
直されているのは、単に形だけではないのかもしれません。
形を通して、自分の身体の使い方の癖が見えてくる。
そう考えると、形を直されることは、ただ外側を整えられているだけではない気がします。
自分では気づけない身体の癖を、形を通して見つけている。
この段階があるから、次に進めるのだと思います。
筋肉で作る限界に気づく
形を覚えようとすると、最初はどうしても筋肉で作ります。
胸を張る。
あごを引く。
手を合わせる。
足を置く。
指を伸ばす。
自分の身体を、教わった形に合わせる。
そのために力を使う。
これは必要な段階です。
ただ、筋肉で形を作っていると、だんだん限界も見えてきます。
長く保つと疲れる。
特定の部位が固まる。
肩が上がる。
首が詰まる。
腰が反る。
足元が安定しない。
次の動きに入りにくい。
外から見ると形は近いかもしれません。
でも、内側ではかなり無理をしている。
この無理に気づくことも、形から型へ移るためには必要なのだと思います。
なぜなら、筋肉で作る限界に気づかないと、身体の条件を探そうとしないからです。
ただ頑張って形を作る。
崩れたら、また頑張って直す。
さらに固める。
その繰り返しになってしまう。
でも、そこで、
あれ、この作り方では長く保てない
この作り方では次に動けない
この作り方ではどこかが固まる
と気づく。
そこから、別の探し方が始まる気がしています。
内部操作へ移る
筋肉で形を作る限界に気づくと、少しずつ見る場所が変わってきます。
手の位置だけを見るのではなく、なぜ手がそこに来るのかを見る。
足の位置だけを見るのではなく、なぜ足がそこに出るのかを見る。
胸だけを見るのではなく、足、骨盤、背中、首との関係を見る。
あごだけを見るのではなく、頭の位置、首の後ろ、背中との関係を見る。
つまり、外から見える形から、内側の条件へ意識が移っていく。
これが、形から型へ移る段階なのではないかと思っています。
ただし、ここも簡単ではありません。
内側を見ようとすると、自分の感覚に頼りたくなります。
でも、自分の感覚はあてにならないことがあります。
気持ちよくできたと思っても、ただ自分の癖に入っているだけかもしれない。
楽にできたと思っても、必要な張りまで抜けているだけかもしれない。
だから、内部操作へ移る段階でも、先生や先輩の目は必要です。
自分では分からないズレがあります。
外から見れば形が合っていても、中身が違うことがある。
逆に、自分では変な感じがしても、そちらの方が必要な方向かもしれない。
この段階は、かなり難しいと思います。
だからこそ、形から型への移行は、ただの自由ではなく、探索なのだと思います。
勝手に揃う条件を探す
形から型へ移る段階では、勝手に揃う条件を探しているのだと思います。
勝手に揃えようとするのではありません。
それは、自分で作ろうとしていることになります。
そうではなく、
どこで力んでいるのか。
どこで途切れているのか。
どこで部位ごとに操作しているのか。
どこで自分の癖に戻っているのか。
どこで次の動きが死んでいるのか。
それを稽古の中で見ていく。
そして、たまに、条件が少し合う。
胸を張ったのではなく、胸がそこにある。
あごを引いたのではなく、あごが収まる。
手を置いたのではなく、手がそこに来る。
足を置いたのではなく、足がそこにしか出ない。
そういう感覚が少し出る。
その時に、
ああ、こういう方向なのかもしれない
と感じる。
でも、次に同じようにやろうとすると、またできない。
だから、また探す。
この繰り返しです。
決められた形がある。
でも、その形をただ外からなぞるだけではない。
その形が勝手に現れる条件を探していく。
この段階が、クエスト探索系に近いと感じる理由です。
クエスト探索系は、低い段階ではない
ここで大事なのは、クエスト探索系という比喩を、低い段階という意味で使っているわけではないことです。
むしろ、この段階はかなり重要です。
決められた形を覚える。
直される。
癖に気づく。
筋肉で作る限界に気づく。
内部操作へ移る。
勝手に揃う条件を探す。
この段階がなければ、その先には行けません。
いきなり自由には動けない。
いきなり威力が出るわけでもない。
いきなり相手に応じられるわけでもない。
まずは、形を通って、型に入る必要がある。
そのためには、決められた課題を一つずつ通る必要がある。
だから、クエスト探索系は必要な段階です。
ただし、それは最終段階ではありません。
クエスト探索系を終えたら終わりではなく、その先にオープンワールドがある。
今の自分には、そう見えています。
この段階を飛ばして、オープンワールドには入れない
オープンワールドという言葉だけを見ると、自由で楽しそうに見えます。
でも、いきなりそこへ入れるわけではないと思います。
身体が整っていない。
形が入っていない。
癖に気づいていない。
内部操作が分かっていない。
勝手に揃う条件も分かっていない。
その状態で自由に動こうとしても、たぶん自分の癖で動くだけになります。
それは自由ではなく、ただの自己流かもしれません。
だから、形から型への移行段階は必要です。
決められた形を覚える。
その形に自分の身体を合わせる。
直される。
癖に気づく。
筋肉で作る限界を知る。
身体の条件を探る。
勝手に揃う感覚の入口に触れる。
この段階を通って初めて、その先の自由に意味が出てくるのではないか。
今の自分には、そう思えます。
クエスト探索の中で、少しずつ見えるものが変わる
形から型への移行段階では、同じ稽古をしていても、見えるものが少しずつ変わります。
最初は、形を覚えることが中心です。
次に、直される場所が気になります。
その次に、自分の癖が見えてくる。
さらに、筋肉で作っている無理に気づく。
そこから、身体の条件を探るようになる。
そして、勝手に揃う感覚が出る。
同じ型を稽古していても、見ているものが変わってくる。
同じ気をつけをしていても、見ているものが変わってくる。
同じ手の位置、同じ足の位置、同じ姿勢を稽古していても、同じようには稽古していない。
この変化こそ、形から型への移行なのかもしれません。
外から見れば、同じ稽古に見える。
でも、自分の中では探索しているものが変わっている。
その意味で、この段階は、ただの反復ではなく探索なのだと思います。
現時点の理解として
今の自分には、形から型への移行までは、クエスト探索系に近いように感じられます。
決められた形がある。
修正される。
自分の癖に気づく。
筋肉で作る限界に気づく。
身体の条件を探る。
少しずつ、外から整える稽古から、身体の条件が合って揃う稽古へ移っていく。
これは低い段階ではありません。
必要な段階です。
形から型への移行は、自由の前に必要な探索段階である。
この段階を飛ばして、いきなりオープンワールドには入れない。
今の自分には、そう見えています。
これは正解の説明ではありません。
武歴10年にも満たない自分が、
現時点で型稽古をどういう修行の階層として見ているのかを残すための稽古メモです。

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