形と型

スポンサーリンク
沖縄空手

第12回 「形」と「型」は対立ではなく、段階として見る

前回は、形を否定しないこと、でも形で終わらないことについて書きました。最初は形を合わせるしかない。手の位置。足の位置。姿勢。角度。目線。指先。そうした外から見える基準を教わることは、稽古の入口として必要です。ただし、形を合わせることがゴール...
沖縄空手

第11回 「形」を否定しない。でも「形」で終わらない

このシリーズでは、空手の型稽古について、いま自分が考えていることを整理していきます。第0回では、全体の指針として、形を通って、型に入る。でも、型に嵌まり、身体が勝手に揃うことも、まだゴールではない。そこから、オープンワールドとしての修行が始...
沖縄空手

第10回 形から型へ、そしてオープンワールドへ

このシリーズでは、空手の型について、いま自分が考えていることを整理していきます。ただし、これは型について正解を書くものではありません。私はまだ武歴10年にも満たない未熟者です。型について分かったと言える段階ではありません。それでも、稽古を続...
沖縄空手

第8回 初心者には形を教えるしかない。でも、それだけで終わる危うさもある

前回は、型の中の形を、静的なものではなく動的なものとして見た方が近い気がしている、という話を書きました。型は止まっていない。気をつけでさえ、完全な静止ではない。呼吸がある。接地がある。重心の微細な調整がある。次の動きへの準備がある。さらに、...
沖縄空手

第2回 「形」と「型」を、いま自分はどう分けて見ているか

前回は、型の稽古について、いま自分が何に引っかかっているのかを書きました。同じ型を稽古している。同じ立ち方をしている。同じ手の位置、同じ足の位置、同じ姿勢を教わっている。それなのに、自分の中では、少しずつ見ているものが変わってきている気がす...
沖縄空手

第1回 武歴10年未満の自分が、いま型について考えていること

これは、空手の型について正解を書く文章ではありません。私はまだ武歴10年にも満たない未熟者です。型について、分かったと言える段階ではありません。それでも、稽古を続けている中で、最近どうしても引っかかることがあります。同じ型を稽古している。同...
沖縄空手

第0回 武歴10年未満の自分が、いま型をどう理解しているか

この記事は、空手の型について正解を書くものではありません。私はまだ武歴10年にも満たない未熟者です。型について分かったと言える段階ではありません。ただ、稽古を続けている中で、「形(カタチ)を作る」ことと「型に嵌まる」ことは違うのではないか、...
スポンサーリンク