身体感覚

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沖縄空手

第6回 勝手に揃ったあと、修行はオープンワールドになる

前回は、形から型への移行を、クエスト探索系として考えてみました。決められた形がある。修正される。自分の癖に気づく。筋肉で作る限界に気づく。身体の条件を探る。少しずつ、外から整える稽古から、身体の条件が合って揃う稽古へ移っていく。この段階は、...
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第3回 「整える」から「勝手に揃う」へ

前回は、「形」と「型」を対立ではなく、段階として見たいという話を書きました。形は、外から見える姿勢や位置。型は、その形が生まれる身体の使い方、流れ、条件。そう仮に分けてみると、稽古中に感じている違和感を少し整理しやすくなります。今回は、その...
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第2回 「形」と「型」は対立ではなく、段階として見る

前回は、形を否定しないこと、でも形で終わらないことについて書きました。最初は形を合わせるしかない。手の位置。足の位置。姿勢。角度。目線。指先。そうした外から見える基準を教わることは、稽古の入口として必要です。ただし、形を合わせることがゴール...
沖縄空手

第1回 「形」を否定しない。でも「形」で終わらない

このシリーズでは、空手の型稽古について、いま自分が考えていることを整理していきます。第0回では、全体の指針として、形を通って、型に入る。でも、型に嵌まり、身体が勝手に揃うことも、まだゴールではない。そこから、オープンワールドとしての修行が始...
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第9回 この理解は、たぶん今後変わる

ここまで、型について現時点で考えていることを書いてきました。「形」と「型」を、いま自分はどう分けて見ているか。「そうする」と「そうなる」は、同じ形でも違う気がしていること。「嵌まる」という感覚について、いま言えること。筋肉で形を作ることと、...
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第7回 型は静的な構造ではなく、動的なものとして見た方が近い気がしている

前回は、「脱力」ではなく、力の使い方が変わるのではないか、という話を書きました。力を使うか、使わないか。その二択ではなく、何によって形が成立しているのか。今の自分には、そこが大事な問いに見えています。今回は、その続きとして、型の中の形をどう...
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第6回 「脱力」ではなく、力の使い方が変わるのではないか

前回は、筋肉で形を作ることと、型に嵌まって形が保たれている時では、内側で起きていることが違う気がする、という話を書きました。最初は、筋肉の収縮で形を作る。それは悪いことではない。むしろ、形を覚えるには必要な段階だと思っています。ただ、筋肉で...
沖縄空手

第5回 筋肉で形を作ることと、型に嵌まることの違い

前回は、「嵌まる」という感覚について、いま自分が言えることを書きました。嵌まるとは、固まることではない。気持ちよく決まることでもない。癖に戻ることでもない。ただ形を作ることでもない。今の自分には、身体の使い方の条件が合ったとき、教わった形が...
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第4回 「嵌まる」という感覚について、いま言えること

前回は、「そうする」と「そうなる」は同じ形でも違う気がしている、という話を書きました。胸を張る。あごを引く。手を合わせる。足を置く。そうやって、外から教わった形に身体を合わせに行く稽古があります。一方で、たまに、胸が潰れない位置に入る。あご...
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第3回 「そうする」と「そうなる」は、同じ形でも違う気がしている

前回は、いまの自分が「形」と「型」をどう分けて見ているかを書きました。形は、外から見える姿勢や位置。型は、その形が生まれる身体の使い方、流れ、条件まで含んでいるのではないか。そう仮置きすると、稽古中に感じている違和感を少し整理しやすくなりま...
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